わたす日本橋へ「わたす」メッセージ

宮城県漁業協同組合
志津川⽀所・⼾倉出張所

銀鮭養殖発祥の地、南三陸町!

ご家庭の食卓に出る焼き魚の定番、お刺身やお寿司でも人気の高い“鮭”。中でも銀鮭は、サーモンピンクが鮮やかな、程良い脂ののったとろけるような食感が特徴です。町内では「銀乃すけ」や「伊達のぎん」などブランド鮭を養殖。そして、水揚げの際に「活け締め」「神経締め」と呼ばれる鮮度維持のための処理を施した高鮮度な生食用の銀鮭「みやぎサーモン」として出荷しています。

南三陸町(旧志津川町)は、銀鮭養殖発祥の地。1975年、試験的に養殖が開始され、そこから日本での養殖が発展していきました。海外から入ってくる銀鮭もありますが、日本国内で養殖されているうちの約9割は宮城県産で、さらにそのうちの4割程を南三陸町が担っているのです。

変わりゆく環境の中でも「安心・安全」の銀鮭を

数十年にわたり発展してきた、南三陸町での銀鮭養殖業。その道のりは決してたやすいものではありませんでした。近年も、東日本大震災後の復興のあゆみや地球温暖化、その他の社会情勢等、課題は山積みです。それでも、先輩たちの失敗や経験を踏まえて、みるみる美味しくなった自慢の銀鮭をこれからもお客様に届けたいと話してくれたのは、生産者である戸倉銀鮭養殖部会長の佐藤正浩さん、そして宮城県漁業協同組合の工藤大樹(ひろき)さん・日野優花さん。

「やり方をもっとラクにできるようにして次世代に託したい」と次世代を思いやる正浩さんに、大樹さんが「養殖業が増えている中、宮城県はトップクラスの水揚げ量で皆さんに最高の銀鮭を届けています。このことに誇りを持って続けたいと思います」と熱く応えました。

鮮度抜群、生食で食べて欲しい
「みやぎサーモン」

「鮭」と「サーモン」の違いは、鮭は加熱調理が基本で、サーモンは生食が可能という点。生食が可能なのは基本的に養殖されたもので、アニサキスなどの寄生虫の感染確率も極めて低いため、安心して食べることができます。その美味しさが保たれるのは、決められたものしか与えない、配合飼料による徹底した品質管理のおかげ。

実は、数十年前の銀鮭は、餌や養殖量の管理が今のように徹底されていなかったため、臭みがあって美味しくないという人も多くいました。しかし、餌にこだわって研究し続けた現在の銀鮭は、臭みが無くて鮭自体も栄養バランスがとれた健やかな状態をキープできるようになりました。最近は、南三陸町内で水揚げされた指定の銀鮭を「南三陸サーモン」としてもPR。煮ても焼いても美味しいですが、生産者や漁協の皆さんは「鮮度に自信があるので生食でぜひ食べていただきたい!」とおすすめします。

宮城県漁業協同組合
志津川⽀所・⼾倉出張所

〒986-0781 宮城県本吉郡南三陸町
戸倉字津の宮1
TEL/0226-46-9211

わたす日本橋へ「わたす」メッセージ

株式会社ヤマウチ

南三陸らしい海産物をヤマウチの特性を
活かして届けたい

創業以来、地域に「マルニ」の屋号で呼ばれて愛されている山内鮮魚店。昭和63年に株式会社ヤマウチを設立し、本格的な水産加工事業を展開していきました。自社で加工される商品は、全て一貫して保存料無添加の独自製法にこだわり、平成初期からは通信販売にも着手。「商品ではなく“感動”をお届けしたい」という想いで、豊かな海で獲れた確かな品質の海産物を幅広いお客様に提供し続けています。

〈わたす日本橋〉に提供している商品も、ヤマウチの特性を活かしてひと手間加えたものばかり。取締役の山内淳平さんは、南三陸町を代表するタコや銀鮭など、鮮度の良さと美味しさをキープしつつ安心な品質で安定的に東京の皆さんに食べてもらいたいという想いで、商品を提供し続けています。

受け継ぐ使命にわくわくしながら

会社が掲げて大事にしていることの一つに「助け合う“人”の力」があります。東日本大震災を経て、地元で支え合ってきた人たちの力、そして支援等で広がったご縁の力を大切に、町内外でもさまざまな取り組みを重ねてきました。

震災から10年以上経った今、振り返って大変だったことを尋ねると「震災後の苦労は、社長が全部してきてくれたんで、大変なのはきっと、これからですね。震災関係無く、まちの魅力を発信していくこと、環境の変わる海に対応しながら時代にも合った商品を提供し続けること。大変です(笑)」と答えてくれた淳平さん。同時に「課題が山積みの中で次のヒット商品をつくる使命にわくわくもしています」とも話してくれました。

わたすを通じてお客様へ

〈わたす日本橋〉は、南三陸町産の食材を楽しめるだけではなく、南三陸杉をふんだんに使った内装になっていたり、南三陸ワイナリーのワインが置かれていたりと、南三陸らしさが感じられる空間になっています。ヤマウチでは、この場ができたことによって東京でも南三陸を感じながら地場産の海産物を食べられる場所として活用できるようになり、〈わたす日本橋〉を会場に「マルニ会」と言われる常連さんとの交流会も開催してきました。

「〈わたす日本橋〉での出会いをきっかけに、南三陸の食材を知ってもらったり、実際に南三陸にも来てもらえたら嬉しい」と淳平さんは話します。〈わたす日本橋〉のキッチンスタッフとも、今後も連携しながら、より南三陸らしい食材を美味しくお客様に提供できるよう共同研究をしていこうと目標を語り合いました。これからも、ヤマウチ×わたす日本橋で届ける、南三陸の味をご期待ください。

株式会社 ヤマウチ

〒986-0768 宮城県本吉郡南三陸町
志津川字御前下20-6
TEL/0226-46-5338
https://www.yamauchi-f.com

わたす日本橋へ「わたす」メッセージ

有限会社 亀山精肉店

地域の味を守る精肉店

気仙沼の漁師が愛した「陸の味」―公式サイトを覗くと、大きくこう書かれています。新鮮な魚に恵まれる気仙沼市では、魚をもらったお返しに肉を選ぶ人も多く、創業80年以上続く亀山精肉店も、そういった舌の肥えた気仙沼の人たちに認められる、こだわりのお肉を提供し続けてきました。

鶏・豚・牛とさまざまに取り揃え、店舗ではから揚げなどのお惣菜メニューも人気ですが、代表的な商品は、仙台みそと地元の果物や野菜にこだわって味付けしたという「気仙沼ホルモン」。シャキシャキの千切りキャベツにウスターソースをかけ、炭火で焼いたホルモンを乗せて一気に頬張るのが気仙沼ホルモンの定義。それでいて、扱っているお店ごとのちょっとした個性も楽しめる、港町でありながらも港の人たちに親しみがあるソウルフードです。

「亀山さん、待ってるからね」に支えられて

長年地域に愛されてきた亀山精肉店も、東日本大震災では全壊。4代目を務める柴田静佳さんは、この震災でご主人と娘さんを亡くしました。失意の底で、一時はお店を畳もうと思っていたといいます。しかし、地域の人たちに支えられて、お店の再開を決心しました。

「長年うちからお肉を仕入れてくれていたお店から“亀山さんが再開するまでうちも開けずに待ってるからね”などと声をかけてもらって。そのお店は営業できる状態だったのに、そう言ってもらえる人たちがいたから頑張れました。とりあえずは、100年目まで続くよう頑張りたいですね」と話す静佳さん。静佳さんはじめご家族の皆さんの人柄が、お店が愛される理由にも繋がっているのでしょう。

その場があるから、続く縁がある

〈わたす日本橋〉とは、震災後のイベントで気仙沼ホルモンを提供したところからご縁がスタート。現在〈わたす日本橋〉では気仙沼ホルモンを扱っていませんが、キッチンスタッフが東北の食材にこだわる中、亀山精肉店も鶏肉・豚肉・牛肉各種、選りすぐりのお肉を提供しています。「こうしてこだわってくれるからこそ気仙沼や東北のことを知ってもらえる機会があるのは嬉しいですし、逆に、地元の人たちや気仙沼出身の人たちにもわたすさんの取り組みを知って欲しいですね」と話す静佳さん。

コロナ禍もあり最近はなかなか開催が難しかったですが、実は震災後から「気仙沼の会」など気仙沼出身の人たちの交流会が〈わたす日本橋〉で開かれていました。東京にいても同郷の人たちが集まるきっかけとなり、気仙沼を感じられる空間があるからこそ、続く縁があります。静佳さんは、〈わたす日本橋〉がこれからもそういった橋渡しの場であり続けることを願っています。